子どものいない人生(2)大人を困らせる子ども

先日ブログに書いた子どもがいないことについてのつづきを綴ります。

わたしは長年、生きづらさを感じていました。

まあ、いまもそうなのだけど。

自分の存在は、なぜか交通事故にあってしまったような、そんな罪悪感の世界観で生きていたようにおもいます。

まあ、この世界で、呼吸を遠慮がちにして生きていました。

遠慮するなんて・・と感じるかと思いますが、わたしにとってこの世界は、遠慮しながらじゃないと、自分を守りながら生きていくことができません。

遠慮するなんて信じられない!

とかんじるなら、おそらくHSPではないと思います。

なぜ交通事故なのか?

とにかく、この「遠慮する人生」と「子どものない人生」に共通している部分があると感じます。

ちょっと自分でもわからないのだけど、物心ついてから「大人を困らせる子どもたち」の存在に気づきました。

大人を困らせる子どもがいると、大人はたいへんそうです。

そんな大人の表情、声、態度、言葉、空気をダイレクトに感じ取り

「ああ、大人ってたいへんなんだ・・」

たしか4歳か5歳くらいの頃に気づきました。

それで、「わたしは、大きくなっても子どもはいないだろう。」と感じたのです。

・・(笑)

書き込むと「なんて子供なんだろう」と我ながら感じてしまったのだけど

たしかにわたしという子どもは、

将来子どもはいないだろう。

と感じ取ってしまったのです。

だから周りの女の子がよく話す

「大きくなったらお嫁さんになって、子どもを育てて素敵なお家で幸せに暮らすんだ」

という願望が一切ありませんでした。

(ステキな男性と結婚したい願望まではあり、実際20代で結婚しましたが···)

子どもがキライなもけでもなく、かわいいぁ、と感じることもあるけれど。

だけど、わたしの人生に「自分の分身と共に生きる」というものがボッカリと抜け落ちているのです。

だから「抜けているなら、抜けている所を埋めればいい(それが子供)」というわけでもない。

ちょっと不思議な感覚なのだけど、「子どものいる人生を考えられなかった」

のが正直なところです。

子どものいない人生(3)子どもを悩ませる大人の存在