子なし夫婦,子なし主婦,子供のいない人生

子どものいない人生(3)子どもを困らせる大人の存在

子どものいない人生(2)のつづきを綴ります。

「大人を困らせる子ども」の存在に気づいてしまった4歳か5歳だったわたしは、

同時に「子どもを困らせる大人」の存在にも気づきました。

 

子どもを困らせる大人ってなに?ってかんじですが、

この子どもを困らせる大人というのは非常にやっかいだ。

 

子どもは何も分かってない、

だから何を言っても大丈夫だろう。

子どもを良いことに、都合の悪い時にコントロールする大人。

自分の恥を隠すために子どもを使う大人。

まるで、子どもを「操り人形」のように使いこなす大人がいる。

まあ、これが上手なわけです、大人って生き物は。

 

そんな大人の汚い部分を、目には見えないのだけど

わたしの体とココロに無防備に侵入してくるのを感じた。

これを例えると、タバコが苦手な人の前でバカスカタバコの煙を出してる人。

空気が汚くなるし、喘息も出てしまうから、窓の換気をしないといけないし、空気清浄機が必要です。

その「空気清浄機役」が「子ども」

子どもを上手に空気清浄機役にさせ、大人は何食わぬ顔して生きてる。

 

大人でいうと、身近な両親だったり、両親の友人だったり。

あとは学校の先生や知らないどこかの大人、ですね。

HSPの本でゆっくり読み返してる

敏感すぎて生きづらい人の 明日からラクになれる本」に、「ああ、これこれ、わたしにもあったなぁ」という部分があったのでご紹介しますね。

 

P188(ケース50)

HSPは普通の子とは違い、親の弱さをカバーするように無意識に親に合わせてしまいます。

 

書籍には「親の弱さ」となっていますが、「大人の弱さ」を無意識に感じてしまい、それを必死にカバーしてしまう自分がいました。

今思えば、HSPであったからそんなことに気づいてしまったんですね。

ただ、大人になった今、それをカバーしなくてもいいことは確か。

子ども時代は、もう今ではないのだから・・。

 

子どもを困らせる大人の存在のおかげで

わたしは「大人は子どもだ」と子どもなのに、そんなことを感じてしまった。

そして、大人を一応形として「大人」として扱いながら、冷めた目で大人の深い汚い部分を分析する子どものわたしが居たのです。

 

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ツイッターにはポロポロとツイートできるのだけど

子どもがいないことについては、なぜだか軽い気持ちでツイートできない自分がいる。

ブログにバー―っと書きたい気持ちはあるのだけど、

実際投稿ページを開いた途端、グッと力がはいってしまう自分がいることを知る。