HSP

大人になったから今だから話せる不登校のこと。大人だからって、全てを受け入れられるわけじゃない。

先日のツイートで、ふと、不登校時代のことをつぶやいた。

私にとって、不登校は暗黒時代。

家族以外の人にはほとんど不登校だったことを話したこともないし、「話してはいけない」こととして永久封印していた。

 

ただ、大人になった今だから話せることもあるんじゃないかな?と思えるようになってきました。

今回から不登校時代のことを少しずつ綴っていこうと思う。

 

不登校。

まず、大人という頭が固くなりかけた動物は、

不登校という事実を受け入れるのに時間がかかる。

そして、不登校になった私を、大人は受け入れられなかったんだと思う。

 

病でたとえると

愛する人の末期ガン。

あなただったら、どう感じるか。

 

「なんであなたが?」

「信じられない」

「治るんでしょ?」

「治療法はないの・・?」

「今まで健康診断で異常なしだったじゃない!」

 

みたいなかんじで・・。

それと同じで

わが子が不登校になったことを

受け入れられず

パニック状態になり、

ヘンな興奮状態が身体中に駆け巡ってるのだと思う。

 

まさにこんな感じだ

 

「なんでうちの子が?」

「あんなに素直で良い子なのに」

「私の育て方がいけなかったのでは」

「学校はなにをしているの?」

「いじめた子たちを許せない!」

 

不登校になった私を祖母が知り

「なんでこんなに良い子が・・?」

とポツリ一言いったのを忘れられない。

 

ただ、大人になって子どもが居てもおかしくない年齢になった今、少しは「大人のショック」というものを理解できたような気がするのです。

 

それは、大人になったからといって、

大きなココロで全てを包み込み、受け止めることは不可能である。ことを知ったからだと思う。

 

生きてると、受け入れたくても

逆立ちしても受け入れられないことだってあるのだ。

 

受け入れられない自分に苛立ちを覚え

目の前で苦しんでいる子ども(人)を理解できない苦しみ

私だったらどっか遠くへ逃げたくなってしまう。

 

実際、父も母も一時期逃げるような行動をとったときもあったけれど、相当辛かったのだと今なら理解できる。

 

当時の父と母になんて話したらいいのだろう。

 

もしかすると、父と母は、あの時の暗黒時代のできごとを

未だに責め続けているのだとおもう。

それも無意識の中で責めているのだとおもう。

 

だけど、過去は変えられない。

変えられるとしたら、今の私たちが過去の自分をゆるすことを許可することなんだと感じる。