「原因さがし」が混乱をまねく

なにか問題がおこったとき。

原因探し

犯人探し

これはパッと見た目、

正しい方法であり

良い解決方法とされている。

だけど、私は、これに納得したことがほとんどない。

なぜか。

原因探しも、犯人探しをすればするほど

本質的な部分からかけ離れていくことを経験した。

カウンセリングだってそう。

原因を追究すればするほど

くるしくなり

現実が遠のいていく。

私は10代の頃、カウンセリングをうけたことがあった。

けれども、

原因を追究されるばかりで

犯人さがしをするだけの作業になっている。とかんじた。

30代になった今、カウンセリングを受けている。

10代のころとはちがい

「じぶんの主張」をはっきり言えるようになっていた。

ちがう。

そう思う。

NOの大切さ、とひしひしと感じている。

ただ、今回のカウンセリングも

どこかで「原因さがし」「犯人さがし」の作業に

もっていかれてしまうのをかんじる。

私がカウンセラーだったらどうするか。

うーん・・・どうするのだろう。

ただひとつ確実に「これ」とかんじていることがある。

それは、

原因探しをすることで

解決することはない。ということ。

私は完全素人だけど、「原因さがし」が混乱をまねくと思っている。

原因さがしは、

現実をおおきく歪めてしまう。

そんな危なさを持っている。と。

あとね、「原因さがし」って

そんなに頭を使わなくてもできるから

簡単に使えてしまうんですよね。

体の病気だったら思う存分原因追求し、

犯人さがしをすればいい。

心の原因さがし、犯人さがしは、

ナイフのような危なさを持っている。

カウンセリングをうけながら、そんなことを感じてる。

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