私の育った環境(1)「犯人は、だーれ?」

ブログをはじめて3か月くらいが経った。

その間にツイッターもはじめ、ぽちぽちつぶやいたり。

同じような境遇の方からメッセージをいただいたり、メッセージを送ったり。

いつの間にかフォロワーさんが60人以上になっていて。

そんなことをしている間に、私の中でなにか動くものを感じていました。

「過去を綴りたい」と思いはじめたブログ。

きっと、同じようなことで悩んでいる(悩んでいた)人がいるだろう。と感じたから。

だけど、過去のことを書こうとしようとした途端、まったく書けない自分がいた。

そんな中、リアルな生活でカウンセリングもはじまり、数回目のカウンセリングでとてつもない辛い気持ちにぶち当たったのです。

辛い気持ちで正直なところ、カウンセリングも通院も治療もやめたくなってしまった数日がありました。

先生のことも、少しだけ嫌いになってしまった。

もう、行きたくなくなってしまった。

消えてしまいたくなった。

(ちなみに私が今処方されて飲んでいる漢方薬は加味逍遙散です^^)

(あとは、女神散(にょしんさん)という苦みの強いの漢方です。)

*

だけど、私の中で目に見えない「芽」がぴょっこり出たのを見逃しませんでした。

そしてその「芽」を摘まずに、つぶさずに、ていねいに水やりしていた。

そうしたらね、あることにハッと気づいて。

過去のできごと、書けそうなきがしてきたので、つづってみますね。

*

カウンセリングの内容は、「原因さがし」だったようなきがします。

私は、その「原因さがし」がとてつもなく苦手。

なぜかというと、私の育った環境が常に、原因さがし・犯人さがしだったから。

私の父の話をします。

まずはじめに、父は決してイヤなヤツではない。

優しさもあり、基本的に穏やかな人。

ただ、なにかのスイッチに触れた途端、「危ない人」に豹変する人でした。

**

何か問題が起こると、すぐさま父が「おい、誰がやったんだ」とはじまる。

大人になった今、果たしてそれが「重要なこと」ではないと分かる。

それなのに父は「誰がやったんだ!」「誰のせいだ」を追求し、犯人(家族)がわかると責め続ける。

それも一時的ならまだいいのだけど、何年もぐちぐち言われ続ける。

これは、子どもにとってたまったもんじゃない。

だけど、そんな環境が当たり前の暮らしだったから、苦しい気持ちになりながら、「これが人生なんだ」と心に刻印していたような気がする。

*

「原因さがし」が混乱をまねく にも綴ったのだけれど、ある意味原因さがし、というのは現実をぐにゃっと歪めるのに最適な方法。

カウンセリングで意外だったのが、私の口から出てくる内容が、父親のことが多い、ということに驚いている。

今まで両親の親代わりを子供時代からせっせと頑張り、努力してきた。

それは父と母。とくに母のことが大きいと感じていた。

だけど、カウンセリングで話すうちに気づくことは、父のことだった。

私は今まで自分が「だめな人間だ」とか「価値のない人間」「生きる意味がない」と唱えながら、責めながら、そしてそれを外に決してみせない努力をしながら生きてきた。

*

そして、私の人生で「これは・・・」「だから生きるのがつらかったんだ」「これが根っこだったのかも」という出来事が最近ありました。

つづく。